白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

平井美帆『ソ連兵へ差し出された娘たち』(集英社)

平井美帆『ソ連兵へ差し出された娘たち』(集英社)は第19回開高健ノンフィクション賞受賞作として先日発売されたばかりの新刊です。

著者の平井氏が満州開拓団として送り込まれた人たちから、特に女性たちの性被害について丹念に聞き取った記録をもとにした労作です。

重い内容の一冊でしたが、事件の主な証言者である「玲子さん」の、これを語り残しておかなければという思いに惹きつけられるようにして一晩で読み切ってしまいました。

本書の内容についてはすでに著者へのインタビュー記事や読者による座談会の記録が公開されており、下記に挙げておきましたのでそちらをご覧ください。

【記】平井美帆『ソ連兵へ差し出された娘たち』(集英社)関連サイト

版元・集英社さんのサイト↓

ソ連兵へ差し出された娘たち/平井 美帆 | 集英社の本 公式 (shueisha.co.jp)

 

著者・平井美帆氏へのインタビュー記事↓

第19回開高健ノンフィクション賞受賞「ソ連兵へ差し出された娘たち ――証言・満州黒川開拓団」平井美帆に聞く

聞かれてこなかった「声」に耳を傾けるということ

https://news.yahoo.co.jp/articles/6c0bb9dd9b0a210f4eaf9674f38af2b9bcf9a24b

 

開高健ノンフィクション賞選考委員の一人、田中優子氏(法政大学)と学生さんたちの座談会↓

ソ連兵へ差し出された娘たち——現代への問い 目を背けない法政大学前総長・田中優子さんと学生が語る:朝日新聞DIALOG (asahi.com)

 

以下はブログ担当の個人的な感想です。

慰安婦」問題に関する書籍の刊行から始まった小社にとって縁のあるテーマだと思いながら頁をめくりました。

本書は、第一章「満州への移住」で戦時下日本の庶民が国策により満州開拓団として送り込まれた経緯を、第二章「敗戦と終結」で日本の敗戦により満州に棄民された人々の苦難を、第三章「ソ連兵への「接待」」でソ連兵による暴行や略奪をかわすために未婚の女性たちが「接待」名目で差し出されたことを被害当事者の証言により描いています。

この第三章が本書のタイトル「ソ連兵へ差し出された娘たち」に直接かかわるパートですが、小社が特に興味深く読んだのは後半の第四章「女たちの引揚げ」、第五章「負の刻印」、第六章「集団の人柱」でした。

第六章で著者はこう書いています。

「共同体の防衛のためには、弱き存在から真っ先に生贄に捧げてしまう。皆のためにと、選ばれし者は指導者、隣人、ときに肉親からも背中を押される……。」(280頁)

「相互扶助の精神は、それぞれが個人として対等に尊重されて、初めてまともに機能する。村社会の「輪」、家族的な解決が無条件で先行すると、犠牲を強いられるのは、家父長制の序列で最下位にされる未婚の娘たちである。」(281頁)

犠牲のシステム(by高橋哲哉)ならぬ犠牲のエートスとでも言うべきものが事件の背後にあるようです。

しかし、困ったときは人柱というエートスを動かしていたのは、やはり犠牲のシステムだったのではないか?と思わせる記述が本書の後半に散りばめられています。

「玲子さん」を名指しできた「満人」の「客」がいた事実、性病予防の消毒や避妊の仕方に手慣れた「元衛生兵」の存在、ロシア語に堪能な元軍属らしき人物、さらには「玲子さん」の見た「三畳ほどの個室がずらりと並んでいる」「なんともいえない奇妙な空間」―ここは八路軍衛生部が宿舎として使っていたそうですが元はなんだったのか?

憶測を述べるのは控えておきますが、おそらくは著者も同じことを連想したのではないかなと思います。