白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

子安宣邦著『「アジア」はどう語られてきたか――近代日本のオリエンタリズム〈増補新版〉』

藤原書店さんの新刊『「アジア」はどう語られてきたか――近代日本のオリエンタリズム〈増補新版〉』を著者である子安宣邦先生から頂戴いたしました。

版元・藤原書店さんのサイト↓

「アジア」はどう語られてきたか〈増補新版〉――近代日本のオリエンタリズム

https://www.fujiwara-shoten-store.jp/SHOP/9784865784961.html

明治期の脱亜論、昭和戦中期の東亜共同体論から戦後の『国民の歴史』に至るまで、日本人がアジアをどう語ってきたのかについて、思想史家の鋭い分析と深い洞察を示した、まさしく著者のアジア論の決定版です。

一読すれば、それが過去の話ではなく、今日と地続きの問題であると痛感されることでしょう。2003年初版の元本は刊行当時から話題になりましたが、あれから23年、あらためて読み返すと、時代の行く末を見すえていた著者の眼力は怖ろしいほどです。

今、本書を〈増補新版〉として再刊された藤原書店さんの見識にも感服します。

なお、小社でも同じ著者の『可能性としての東アジア』を刊行しております。あわせてお読みいただければ幸いです。

可能性としての東アジア | 白澤社

https://hakutakusha.co.jp/book/9784768480021/

子安宣邦先生には、『「アジア」はどう語られてきたか〈増補新版〉』の「増補新版に寄せて」で『可能性としての東アジア』にふれていただきました。ありがとうございました。

深川お化け縁日2026に出展

深川お化け縁日2026に出展します。

来たる2026年5月3日(日・祝日)、東京都江東区深川資料館通り商店街で開催される深川お化け縁日2026に小社も白澤社江戸怪談部として参加させていただきます。

深川怪談公式ブログ

https://fukagawakaidan.tumblr.com/

開催日時は2026年5月3日(日・祝)11時~16時です。

当日は、〈江戸怪談を読む〉シリーズ既刊本を深川お化け縁日2026限定特価で販売いたします。

 

野崎泰伸著『「できなさ」からはじまる倫理学』(大月書店)

野崎泰伸さんの新刊『「できなさ」からはじまる倫理学』(大月書店)を頂戴いたしました。

版元・大月書店さんの紹介サイト↓

「できなさ」からはじまる倫理学 - 株式会社 大月書店 憲法と同い年

https://www.otsukishoten.co.jp/book/b10155632.html

一読後、『「できなさ」からはじまる倫理学』とは実に巧いタイトルだなと感服しました。世の中が「できる」人ばかりなら、おそらく倫理学という学問は不要になるでしょう。

本書の言う「できなさ」とは、第一義的には身体障害のことを指しているのですが、健常者も相対的に健常であるにすぎず、なにがしかの「できなさ」を抱えています。

できないからこそ、そこからどう生きていこうかという問いが始まる。まさに、『「できなさ」からはじまる倫理学』だな、と感心した次第です。

とにかく読んでみてください。平明なやさしい言葉で、障害学と倫理学の問題がていねいに語られています。

 

ちなみに、第2章では小社刊エヴァ・フェダー・キテイ著『愛の労働あるいは依存とケアの正義論』が紹介されています。併せてお読みいただければ幸いです。

愛の労働あるいは依存とケアの正義論〔新装版〕 | 白澤社

https://hakutakusha.co.jp/book/9784768479964/

 

猫の日に本を贈ろう

明日2/22はニャンニャンニャンで #猫の日 だそうです。

猫の日のプレゼントには定番の鰹節やマタタビもいいですが、本も素敵な贈り物になります。

小社刊『〈江戸怪談を読む〉猫の怪』(横山泰子・早川由美ほか著)は、鍋島化け猫騒動の原型と考えられる『肥前佐賀二尾実記』の翻刻と現代語訳を収録するほか、怖い猫、かわいい猫、忠義の猫などいろいろな猫又ちゃんが登場します。

猫の怪 | 白澤社 (hakutakusha.co.jp)

 

バレンタインデーに本を贈ろう!

もうすぐバレンタインデーですね。

プレゼントには定番のチョコもいいのですが、本もすてきな贈り物になります。

今年のバレンタインデーに小社がお奨めするのは、『吉原の怪談』です。

昨年の大河ドラマの主人公、蔦屋重三郎が刊行した奇談集『烟花清談』(原著者は吉原の引手茶屋の亭主・駿河屋市右衛門)を中心に、吉原遊廓を舞台にした江戸時代の怪談をご紹介する一冊です。

怖い話ばかりではなく、色恋をめぐる面白い話、可笑しい話、悲しい話もあってバレンタインデーにはピッタリです。

『吉原の怪談』

https://hakutakusha.co.jp/book/9784768480052/

改憲への危惧2――高橋哲哉・岡野八代『憲法のポリティカ』より

大塚英志さんが『マイナンバーから改憲へ』で指摘している、自民党改憲案で「「個人」という現在の保守が忌み嫌う語から「個」がとれて「人」と」変えられている問題について、高橋哲哉・岡野八代『憲法のポリティカ――哲学者と政治学者の対話』では次のように論じています。抜粋してご紹介します。

憲法のポリティカ | 白澤社

https://hakutakusha.co.jp/book/9784768479582/

〈「個人」と「人」〉

高橋:立憲主義のモデルとしては、やはり国家対個人になると思うんです。人権といえば、これはあくまで一人一人の権利が基本なので、例えば日本国民のほとんどが神道を信じる、だけど私はキリスト教徒ですといったときに、たった一人であってもその権利は保障しますよというのが基本的人権の尊重でしょう。最後は一人一人の単位にいくわけです。これは近代国家、民主主義国家としては、主権者人民、国民の一人一人、個人を単位として国家がそれを保障するというかたちになるのが当然だと思うんです。

岡野:ですから、現行憲法の「個人」を自民党草案で「人」と書き直した意図がどこらへんにあるかわかりませんが、私にとって「人」というと、何か日本だとすぐ「それは人の道に反しているから」とか言われそうで、「人」という言葉に社会的なプレッシャー、ぼんやりした集団主義的なニュアンスを、どうしても感じてしまう。一方、「個人」とは全体の中の一部ではなくて、一個がこれ以上分割できない、インディバイド、インディビジュアルなんだという、そこに他と比較できない一つ一つ価値がある。おっしゃるように九九パーセントの人が反対しても比較できない一個の価値を同じように尊重しないといけない。これは、個人というものの持つすごく大きな重みだと思います。

高橋:彼らはとにかく個人の「個」を消したいようです。

岡野:それは幸福追求権に出てくるような個人の考え方ですよね。どういう幸福を一人一人が描いていても、国家は、その手段は少し手助けするかもしれないけど、あなたの幸福はこれですよというのは、やはり言ってはいけない。これは個人が一人一人夢見るところは侵害してはいけないという立憲主義の一番大きな柱です。そこが切り捨てられてしまうという恐ろしさはありますね。

(『憲法のポリティカ』、65~66頁)

 

選択的夫婦別姓への民法改正に賛同

白澤社は選択的夫婦別姓への民法改正に賛同しています。
Yahoo!ニュースのヘッドラインに「夫婦別姓 衆院選で盛り上がり欠く」との見出しがアップされていました。

元の記事は、時事通信2月6日配信記事「別姓・旧姓使用、議論乏しく 首相「保守票」意識、言及避ける―高市政権を問う「選択的夫婦別姓」【2026衆院選】」です。

Yahoo!ニュースのこの記事への、コメント欄に「多くの国民にとって関心がないことの現われ。……」というコメントをトップに、選択的夫婦別姓制度は必要がないとか、どんな不利益や不自由があるのかといった、定番の反対のご意見が書き込まれています(2月6日13:39現在)。それにしても、関心がないことの表われというわりには、この時間でのコメント(書き込み)は他のニュース記事の群を抜いて2400件を越えています。多くの「伝統的な家族観を守りたい」とおっしゃる国民の関心事のようですね〜。
ちなみに、選択的夫婦別姓の実現を掲げている政党は、中道、国民、共産、れいわ、社民の各党です。保守党は何を勘違いしているのか「夫婦別姓法案(強制的家族別姓法案)にストップをかけた」と珍回答。あくまでも「選択的」なのであって、夫婦同姓を求める皆さまの家族観にはなんの影響もありません。

また自民や維新が進めようとしている旧姓の通称使用法制化(旧姓と改姓後の姓と、名前が二つになるうえに海外では通用しない)では、制度改革にかなり多くの時間とコストがかかるそうですよ。
小社では、『事実婚夫婦別姓社会学』という素晴らしい本を刊行しています。2月8日に迫った「なんでもいいから私を支持して白紙委任しなさい」「長く戦争を維持するために増税します」「消費税減税なんてリップサービスで実行する気はありません」のとんでも総選挙の後にでもご購読いただけますと幸いです。

〔改訂新版〕事実婚と夫婦別姓の社会学 | 白澤社