白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

『思想』10月号に広告を出しました

ただいま発売中の雑誌『思想』2020年10月号(岩波書店)に広告を出広しました。今回の『思想』10月号はかなりお得な一冊です(個人の感想です)。

急逝の伝えられた人類学者D・グレーバー(『ブルシット・ジョブ』の著者)の論文「根本的他性、あるいは「現実」について」がドーンと訳出(難波美芸訳)されています。

これだけでもすごいなと思うのですが、他も充実のラインナップです。

同誌の目次を掲載しておきます。

思想の言葉………氣多雅子

根本的他性、あるいは「現実」について………デヴィッド・グレーバー

想像的なものから美的なものへ――ミシェル・フーコーにおけるフィクション………坂本尚志

ミシェル・フーコーと真理のアヴァンチュール………フィリップ・サボ

「神」と対峙する「天皇」のイロニー――十五年戦争下の高群逸枝『母系制の研究』を軸に………蔭木達也

九鬼周造の文学論――時間と韻――続・バロックの哲学(3)………檜垣立哉

世界への導入としての教育――反自然主義の教育思想・序説(5)………今井康雄

複合危機と資本主義の未来――エコロジー的近代化、ウェルフェア、自然の統治(下)………長尾伸一

 実に力作ぞろいではありませんか。

さらに、表3には小社の広告まで掲載されているのです!

今回のラインナップは、次の五点です。

E・ブレイク著、久保田裕之監訳『最小の結婚―結婚をめぐる法と道徳』

茂木謙之介著『表象天皇制論講義―皇族・地域・メディア』

子安宣邦著『歎異抄の近代』

三木清著、子安宣邦編著『三木清遺稿「親鸞」―死と伝統について』

菱木政晴著『平和と平等の浄土論―真宗伝統教学再考』

誌面にまけない充実したラインナップだと自負しております。

岩波書店さんのサイトはこちら↓

https://www.iwanami.co.jp/book/b531331.html

なお、上のサイトから巻頭の氣多雅子氏による「思想の言葉」が読めるそうです。

小社広告掲載の新刊 ↓ 

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新刊『平和と平等の浄土論』出来!

新刊『平和と平等の浄土論──真宗伝統教学再考』(菱木政晴著)が出来あがってまいりました! 出来たての新しい本の香りを思い切り吸い込むと、なんとなく秋の香りがいたします。

 『平和と平等の浄土論』は、江戸時代の真宗伝統教学の大家・香月院深励による『浄土論註』についての講義録『註論講苑』を解読することで、親鸞の重要な思想「往還二回向」「仏身論」についての解釈の歴史を批判的に考察し、平和と平等な救済を目指した高木顕明の思想が親鸞思想解釈に沿うものであることを明らかにした、著者渾身の浄土論です。

 菱木政晴著『平和と平等の浄土論──真宗伝統教学再考』は週明け頃から全国の主要書店で発売される予定です。

 『平和と平等の浄土論』の書誌データは次の通りです。

[書 名]平和と平等の浄土論──真宗伝統教学再考

[副書名]真宗伝統教学再考

[著 者]菱木政晴

[頁数・判型]四六判並製、208頁

[定 価]2400円+税

ISBN978-4-7684-7981-0 C3015 ¥2400E

 【著者紹介】

菱木政晴(ひしき まさはる)

1950年金沢市生まれ。宗教学者真宗大谷派僧侶、元同朋大学特任教授。長年にわたり真宗大谷派の戦争責任を追及すると同時に政教分離訴訟などの平和と人権の市民運動にも関わる。著書に、『浄土真宗の戦争責任』(岩波ブックレット)、『解放の宗教へ』(緑風出版)、『非戦と仏教──「批判原理としての浄土」からの問い』、『市民的自由の危機と宗教──改憲靖国神社政教分離』、『ただ念仏して──親鸞法然からの励まし』、『極楽の人数──高木顕明『余が社会主義』を読む』(以上、白澤社)など。共著に『殉教と殉国と信仰と──死者をたたえるのは誰のためか』(白澤社)。翻訳書に、ホワイトヘッド『観念の冒険』(松嶺社)など。

 【目次】

第一部 親鸞教学の骨格としての『浄土論註』

 第一章 高木顕明の非戦論の真宗教学的背景

 第二章 香月院『註論講苑』文前玄義の概要

第二部 真宗伝統教学再考──プラグマティズムとしての仏身・仏土論

 第三章 真宗伝統教学再考──高木顕明の還相回向論のルーツを求めて

 第四章 浄土教における仏身論とプラグマティズム

 第五章 プラグマティズムとしての仏身論──神の仮説と方便法身

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 カバー画像=上:香月院深励似影(永臨寺=蔵、画像提供=松金直美)  下:高木顕明 写真(浜野重治氏=蔵、提供=真宗大谷派

 

 

静岡新聞で『新敬語「マジヤバイっす」』紹介

またまた出ました! 静岡新聞2020/8/23付の読書欄で『新敬語「マジヤバイっす」―社会言語学の視点から』(中村桃子著)が紹介されました。

読書欄の「ブックエンド」コーナーです。

同記事から抜粋いたします。

 「そうっすね」「マジっすか」「ダケっすね」「マジパネえっす」「自宅っす」…。文末に「~す」を付ける話し言葉が若い世代を中心に広がっている。本書は社会言語学の視点から、これら「ス体」表現を包括的に研究した成果を記す。

(中略)

 敬意や親しみ、つながりのニュアンスを含む「ス体」。主張を和らげる仲間意識や面白さを相手に伝える。臨機応変に話題の軽重も調整でき、せつない女心までも込められるようだ。「下品な若者言葉」といったイメージを持たれがちだが、背後には豊かな世界の広がりがうかがえる。

静岡新聞社さんのサイト↓。

https://www.at-s.com/

静岡新聞さん、ありがとうございました。

書評続々の『新敬語「マジヤバイっす」』は好評発売中っす。

こんなに書評が出るなんて、マジパネえっす。

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『怪と幽 vol.005』に飯倉義之さんと今井秀和さん登場

発売中の『怪と幽 vol.005』誌上で、小社書籍の著者が、なんと二人も紹介されていました。

版元KADAKAWAさんのサイトはこちら↓

https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000645/

『怪と幽 vol.005』誌の特集記事「特集1 次代の探究者たち」において、このジャンルの「新時代を開拓する」「十人の探究者」として寄稿された気鋭の研究者のうち、二人までもが小社書籍の執筆者でした。

筆頭は、〈江戸怪談を読む〉シリーズ『皿屋敷―幽霊お菊と皿と井戸』、『猫の怪』でお世話になった飯倉義之さん(國學院大學民俗学)。飯倉さんは今回の『怪と幽 vol.005』誌に「いま、怪異と幽霊の空間を考え直してみる」と題した文章を寄稿されています。

そして、もうお一人、昨年、小社から単著『異世界と転生の江戸―平田篤胤松浦静山』を刊行された今井秀和さん。今井さんは〈江戸怪談を読む〉シリーズ『皿屋敷』、『猫の怪』、『牡丹灯籠』でもお世話になっています。今井さんは今回の『怪と幽 vol.005』誌に「ささやく人形、つぶやく赤子―耳をすませば物言うものたち」と題した文章を寄稿されています。

そして、今回の『怪と幽 vol.005』誌の293頁には、なんとなんと小社の広告が載っているではありませんか!

今回の広告では、今井秀和著『異世界と転生の江戸―平田篤胤松浦静山』、〈江戸怪談を読む〉シリーズから『皿屋敷』、『猫の怪』、『牡丹灯籠』に『実録四谷怪談―現代語訳『四ツ谷雑談集』』を取り上げました。

広告掲載箇所の293頁は、山白朝子さんの小説『小説家、逃げた』のクライマックス・シーンのあたり。この山白さんの小説にはものすごいスピードで執筆する作家さんが登場します。筆の早い書き手は、編集者としては実にありがたい存在ですが、その結末や如何に? ここから先は『怪と幽 vol.005』誌をご覧ください。

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皿屋敷はPlate House

お菊さんがテレビドラマにゲスト出演したとか喜んでいたら、イギリスの方から皿屋敷についてのお問い合わせのメールが来ました。もちろん英語です。

Baba Bunko のthe story of the Plate Houseについて知りたいとのことでした。英語では皿屋敷のことをPlate Houseと訳すのですね。

小社の〈江戸怪談を読む〉シリーズ『皿屋敷―幽霊お菊と皿と井戸』(横山泰子・今井秀和他著)をお読みいただければたいていのことはご理解いただけるのですが、あいにく先方は日本語に不案内なご様子。

そして、小社は英語が得意とは言えません(苦手です)。

こういう時は自動翻訳機が頼り。

・「皿屋敷」は、日本の有名な幽霊物語の一つである。

・「皿屋敷」物語は、16世紀の終わりから17世紀にかけての時期に、日本各地に伝えられたフォークロアである。

民俗学者たちによれば、この物語の類話は、日本の48の地域に伝えられている。

・このフォークロアは、江戸時代(1603-1867)に、演劇(かぶき)や小説の題材となった。

・「ばばぶんこう」(1718-1758)の作品『さらやしきべんぎろく』(1758)もその一つである。

・「ばばぶんこう」の小説では、「おきく」の亡霊は音声だけの存在である。

・「おきく」の亡霊が、井戸の底から現れるように描かれるようになったのは、演劇(かぶき)の演出によるものだと推測される。

・以上、この説明があなたの参考になればうれしい。

珍妙なやり取りを数回重ねて、ようやくご納得いただけたようです。

 

日本語さえわかれば、皿屋敷怪談についてたいていのことがわかる『皿屋敷―幽霊お菊と皿と井戸』は好評発売中です。 

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信濃毎日新聞で『最小の結婚』書評掲載!

 信濃毎日新聞8/15付朝刊読書面に『最小の結婚―結婚をめぐる法と道徳』(E・ブレイク著・久保田裕之監訳)の書評が掲載されました。

 「社会的に合意できる結婚とは」との見出しで、評者は、信濃毎日新聞書評委員の千野貴裕さん(早稲田大学准教授、政治思想史・政治理論)。

 以下、要点を抜粋しながらご紹介します。

 千野さんは書評冒頭で、「性的マイノリティーの「結婚」に対する社会的認識が急速に広がったこと」や、テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のヒットといった、結婚観の多様化を示す例を挙げながら、「このように「結婚」の意味は拡張してきたものの、われわれは、結婚制度それ自体を当たり前のものとして(それほど疑問に思わず)受け入れ続けているのではないだろうか。」と問いかけます。そして、次のように指摘します。

 「実は、結婚の哲学的・道徳的地位に関する根本的考察は専門家の間でも手薄であり、この空白を埋める貴重な一冊が本書である。」

 結婚生活についての人生訓みたいな本はたくさんありましたが、そもそも結婚とはなにか?という問いに本格的に答えたのは本書が初めてではないかと思います。

 ちなみに、見出しにある「社会的に合意できる結婚」とは、(素朴な意味での)社会が認める結婚のことではありません。千野さんは原著者ブレイクが結婚をめぐるさまざまな問題を検討して到達した「根本的問い」を示しています。

「つまり、現在の「結婚」が前提とする異性愛主義と一夫一婦制よりも、現実の結婚観はより多様であることを踏まえると、われわれが社会的に合意できる結婚の最大公約数的な形態は何か、という問いである(もちろん、異性愛と一夫一婦制も排除しない)。

この問いに対する著者の応答は、本書の題名でもある「最小の結婚」の提唱である。」

 千野さんは、このように本書の論点を明快に示しながら、ブレイクの提唱する「最小の結婚」の意義について次のように指摘します。

「「最小の結婚」は、結婚制度自体を否定せず、結婚が本来意味する相互の対等なケア関係をより際立たせようとする提案だ。つまり「最小の結婚」は、結婚を最小化するのではなく、むしろ結婚の意義を最大化する試みと言えよう。」

  書評は次のようにしめくくられています。

「結婚は、なぜこれほど人に大きな決断を迫るのかと、一度は疑問に思った人は少なくないのではないか。本書は、この問いに応答する多くの手がかりを与えてくれる。」

 千野さん、的確な書評をありがとうございました。

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東雅夫さんが『死霊解脱物語聞書』を「絶対名著」に!

今週のお題「怖い話」

東雅夫さんが『死霊解脱物語聞書』を怪談実話の「絶対名著」の一冊として推奨してくださいました。

ダ・ヴィンチニュースの「夏にゾワッと…必読“実話系怪談” 特集」の記事「怪談&ホラーのプロが選ぶ! 怪談実話ブックガイド【東雅夫編】」をご覧ください。

https://ddnavi.com/interview/654219/a/

怖いですねえ。なんと、かの柳田國男の『新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺』(角川ソフィア文庫)や、ラフカディオ・ハーンの『新編 日本の面影』(池田雅之:訳 角川ソフィア文庫)、『日本怪談実話〈全〉』(田中貢太郎 河出書房新社)、『泉鏡花〈怪談会〉全集』(東 雅夫:編 春陽堂書店)といった錚々たる名著をさしおいて、『死霊解脱物語聞書』を「絶対名著」の筆頭に挙げてくれたのです(発表年代順なだけなんですけどね)。

ダ・ヴィンチニュースさんのサイト↓より抜粋いたします。

 『〈江戸怪談を読む〉死霊解脱物語聞書』

小二田誠二:解題・解説 白澤社:発行 現代書館:発売 1700円(税別)

「俗に“累の怨霊”の通称で知られるこの物語は、下総国(現在の茨城県常総市)の羽生村で、江戸時代に実際に起きたとされる殺人および憑霊事件の“聞き書き”――今でいうルポルタージュです。詳細は伏せますが『幽』で探訪取材をした際(第7号参照)、現地には今も事件の記憶がなまなましく残存するらしい感触に慄然とさせられました。夫に惨殺された妻の怨霊が、後妻の娘に取り憑き恨み言を述べ、さらに村人たちの秘密を暴露する……全篇の叙述にあふれるリアルさの追求は、まさに現代怪談実話の原点といえます」(東)

 

全篇の叙述にあふれるリアルさの追求!

まさに現代怪談実話の原点!

うれしいです。東さん、ありがとうございました。

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