白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

特別展「驚異と怪異――想像界の生きものたち」

国立民族学博物館で開催中の特別展「驚異と怪異――想像界の生きものたち」(11/26まで)を見学してきました。

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小社の好きな江戸の怪異関連では、人魚、河童から、天狗のミイラまで多数展示されていました。
もちろん海外の幻獣もたくさんご来場で、ジェニー・ハニヴァー(ガンギエイの干物)もありました。
全体的に乾き物が多い印象を受けました。
この日は晴天に恵まれて、万博公園は少し汗ばむくらいの陽気。
思わず冷えたビールをぐいっと一杯やりたくなりました。

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(↑太陽の塔も遠い未来には幻獣の姿を模した建造物とされるかもしれません)

しかし、いちばんのお目当ては、もちろん「白沢の図」です。
小社刊『復元 白沢図』の著者・佐々木聡さん秘蔵の「白沢の図」のほか、珍しい白沢の図が展示されていました。
なかには「白獏の図」と題された、白沢と獏の近縁を思わせるものや、見世物の白沢を描いたとされる、どう見ても大きな山羊か羊ではないか思われる獣の絵もありました。
そして、ミュージアム・ショップには『復元 白沢図』が、朝里樹さんの『日本現代怪異事典』(笠間書院)と並んでいるではありませんか!

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(↑ミュージアム・ショップさんのご許可を得て撮影・掲載)
ああ、うちの『復元白沢図』も4万部くらい売れてほしい。
それはともかく、特別展「驚異と怪異――想像界の生きものたち」(11/26まで)は、豊富かつ多様な展示で見どころ満載、たいへん楽しく見学してきました。
国立民族学博物館さんのサイトはこちら↓
http://www.minpaku.ac.jp/museum/exhibition/special/20190829kyoui/index

『死霊解脱物語聞書』が紀伊國屋書店PR誌で紹介

紀伊國屋書店出版部さんのPR誌『scripta autumn 2019』で、小社刊『死霊解脱物語聞書』(小二田誠二解題・解説)が紹介されました。

能楽師・安田登さんによる人気連載『野の古典』第二十一回「怪談、怨霊、鎮魂」です。
安田さんは『死霊解脱物語聞書』のストーリーを、なんと丸まる二頁も使ってていねいに紹介してくださり、落語や芝居の累物(「累ヶ淵」)との関係も明快に説明してくださいました。
そのうえで、

 

オリジナルの『死霊解脱物語聞書』は、玄人向けの本以外ではほとんど読めませんでした。そんな折、近世文学研究者の小二田誠二先生のご尽力で、一般向けにまとめられた本が白澤社さんから二〇一二年に刊行されています。

 

 

この「聞書」の読み方、あるいはその手のことにご興味のある方は、先述の白澤社版に収録された小二田先生の秀逸な〈解題〉〈開設〉が非常に参考になるのでお薦めです。

 

さらに末尾の読書案内では、

 

本文でも紹介しましたが、まずはオリジナルの「累ヶ淵」の話を読むなら、原文も現代語訳も充実している白澤社刊行の『死霊解脱物語聞書』(小二田誠二解題・解説 発売・現代書館)がお薦めです。同社の「江戸怪談を読む」シリーズでは、『実録四谷怪談』『皿屋敷』『牡丹灯籠』も刊行されています。

 

と、紹介してくださいました。
ああ、うれしい!
安田登さん、紀伊國屋書店出版部さん、ありがとうございます。
能楽師・安田登さんによる人気連載『野の古典』が読めるPR誌『scripta autumn 2019』は、全国の紀伊國屋書店さんの店頭で手に入るはずです、たぶん。
紀伊國屋書店さんのサイトはこちら↓
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-0749309

そして、安田登さん絶賛の『死霊解脱物語聞書』は、いつもはこのブログで特定の書店さんのサイトはご紹介していないのですが、今回は特別。
紀伊國屋書店さんの該当ページです。↓
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784768479414
あれっ、書影消えていますよう。紀伊國屋書店さん、お手数でもご高配下さいますようお願い申し上げます。

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日本サルトル学会のブログで永野潤著『イラストで読むキーワード哲学入門』が紹介

日本サルトル学会のブログで、生方淳子さんに、永野潤著『イラストで読むキーワード哲学入門』を紹介していただきました。

日本サルトル学会のブログ該当ページ↓

 

 意表をつく哲学入門書です。お決まりの哲学用語が並び、平易に解説されているのではなく、見事な独断で選ばれたと思われる52のキーワード各々について、マンガや映画や音楽、絵画、そして時事問題をも巻き込んだ思考のエッセンスが披露されています。著者自身が描いた少々謎めいたイラストが項目ごとに添えられ、それに導かれるように普段私たちが見ようとしない世界の側面が顔をのぞかせます。サルトル哲学に関しても「不安と自由」、「対他存在」、「実存と本質」などが(サブ)カルチャーと重ねて語られています。

 

「意表をつく哲学入門書」、「見事な独断で選ばれたと思われる52のキーワード」、「少々謎めいたイラスト」!

いずれも本書の特徴を実に面白く伝えてくださいました。

ありがとうございました。

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「天皇論」がわかる!『表象天皇制論講義』紹介

週刊東洋経済2019.9/14号.特集天皇と日本史』で、小社刊『表象天皇制論講義―皇族・地域・メディア』(茂木謙之介著)が紹介されました。
第1特集「いま知っておきたい天皇と日本史」の「天皇と日本史がわかる読書ガイド60」にて、このテーマの錚々たる名著と並んで『表象天皇制論講義』が紹介されています。

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週刊東洋経済』さんのサイトはこちら↓
https://str.toyokeizai.net/magazine/toyo/

「政治、経済、社会、文化、芸能。天皇と日本史を考えるための厳選ブックガイド60冊」と銘打たれたこのコーナーは、古代、中世、近世、近現代、天皇と文化・宗教、天皇論、の各テーマごとに必読書を精選。
例えば、古代では『つくられた卑弥呼』(義江明子著、ちくま学芸文庫)、中世では『異形の王権』(網野善彦著、平凡社ライブラリー)、近世では『幕末の天皇』(藤田覚著、講談社学術文庫)といった定評ある名著から、近現代では『天皇制と民主主義の昭和史』(河西秀哉著、人文書院)といった気鋭の研究まで、必読書がずらりと並ぶなか、『表象天皇制論講義』(茂木謙之介著)は「天皇論」がわかる!の一冊として紹介されています。
真上には、『近代天皇像の形成』(安丸良夫著、岩波現代文庫)、右隣が『日本史のなかの天皇』(村上重良著、講談社学術文庫)、左隣りが『天皇制の文化人類学』(山口昌男著、岩波現代文庫)、斜め下に『天皇の肖像』(多木浩二著、岩波現代文庫)と、とんでもなく贅沢なラインナップのなかに取り上げていただきました。

 

 

天皇像はいかにつくられ消費されてきたか」
「幕末から平成まで、天皇と皇族の表象を取り上げ、その集積体としての天皇(制)を考察。」

 

週刊東洋経済』さん、ありがとうございます。うれしいです。

なお同書の書誌データは以下の通りです。

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[書 名]表象天皇制論講義
[副 題]皇族・地域・メディア
[著 者]茂木謙之介
[頁数・判型]四六判上製、288頁
[定 価]3400円+税
ISBN978-4-7684-7976-6

「自然は芸術を模倣する」

岸見一郎著『三木清『人生論ノート』を読む』の読者からご質問をいただいておりました。

ご質問の趣旨は次のようなものです。

三木清『人生論ノート』を読む』の105頁に「自然は芸術を模倣するというのはよく知られた言葉である」とあるが、芸術は人間の営みであり、自然は人間に先だって存在するのに、なぜこのように言われるのか?

ご指摘の箇所は、三木清『人生論ノート』の「虚栄について」にある文です。

岸見さんがコメントしていない箇所なので、『三木清『人生論ノート』を読む』の注を担当した白澤社編集部の責任でお応えいたします。

ご指摘の三木の文「自然は芸術を模倣するというのはよく知られた言葉である。」は、「自然は芸術を模倣する」という「よく知られた言葉」に注目を促すものです。

「自然は芸術を模倣する」という言葉は、小説『幸福な王子』や『ドリアン・グレーの肖像』、戯曲『サロメ』、自伝的評論『獄中記』などで知られているイギリスの文学者オスカー・ワイルド1854-1900)の言葉だとされています。

そこで、ワイルドの著作のなかに、この「自然は芸術を模倣する」という言葉の出典を捜してみますと、対話形式の評論「嘘の衰退」の結論部分の一節にありました。

西村孝次訳『オスカー・ワイルド全集 4』(青土社49頁より引きます。

第三の原理は「藝術」が「人生」を模倣するよりもはるか以上に「人生」こそ「藝術」を模倣するということである。(中略)

その結果、これの必然的帰結として、外界の「自然」もまた「藝術」を模倣するということになる。「自然」がぼくらに見せることのできる唯一の効果とはぼくらがすでに詩を通じて、または絵のなかに見てきた効果にすぎない。これが「自然」の魅力の秘密であると同時に、また「自然」の弱点の説明でもあるわけなのだ。

このワイルドの言葉について、三木清は「ネオヒューマニズムの問題と文學」(岩波版全集第十一巻所収)で解説しています。

以下に該当箇所を引用します(引用にあたり一部の漢字を現行のものにかえています)。 

藝術は藝術的に人間を創造することによつて現實の人間を變化する。オスカー・ワイルドの言葉はよく知られてゐる。「自然は藝術作品がそれに供するところのものを模倣する。」人間といふ自然は藝術家の創造した人間を模倣することによつて自分自身を變化する。人の顏つきを讀み、姿や身振を判ずることにおいて、画家が我々の教師であつた。詩人は人間を理解するための我々の器官であり、そして彼等は如何に我々が戀愛や社交において振舞ふかといふ仕方に影響を與へる。藝術家の創造した人間タイプは、いましがた道で會つたばかりの人間よりも鮮かに我々の目の前にあつて、我々は我々の生活の細部に至るまで知らず識らずそれを模倣してゐる。藝術家が社會的革新に參與するといふことは、政治的實踐の問題としてだけでなく、特にこのやうな方面から考へてみなければならないことである。 

これが三木清による、「自然は芸術を模倣する」(ワイルド)についての説明となります。

はたして十分なお応えになったかどうかわかりませんが、三木の考えを三木以上に詳しく説明することは小社の手にあまる課題ですので、上掲の三木清の文章をもって回答にかえさせていただきます。

なお、三木清「ネオヒューマニズムの問題と文学」は、大澤聡編『三木清文芸批評集』(講談社文芸文庫)にも現代仮名遣いで収録されています。

版元・講談社さんの紹介サイト↓

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000211320

 

お尋ねは夏の初めにいただいていたのに、お応えするのがすっかり遅くなってしまいした。

たいへんお待たせいたしましたが、ようやく夏休みの宿題を片づけたような気分です。

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猛暑をしのぐ白澤社怪談本の決定版『新選百物語―吉文字屋怪談本 翻刻・現代語訳』

猛暑をしのぐ白澤社怪談本の〆はこれ、篠原進監修『新選百物語―吉文字屋怪談本 翻刻・現代語訳』(翻刻・注・現代語訳=岡島由佳)。

この『新選百物語』におさめられた怪異談は怖い話ばかりではなく、笑い話風のものや人情話風のものもあってバラエティに富んだ内容です。

また、題名と挿絵だけあって本文の欠けている最終話「国をへだてて二度の嫁入り」も、どんな話だったのだろうと想像してみると寝苦しい夜も暑さを忘れることができます。

全14話中の2話をラフカディオ・ハーンが翻案しているとはいえ、全文の翻刻・現代語訳の書籍化は今回が初めてという江戸時代の怪談集。堤邦彦さんと近藤瑞木さんのコラムも収録されていてたいへんお得。

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これまであまり知られてこなかった江戸怪談を原典から現代語訳して紹介するという小社の怪談本の決定版とも言える一冊です。
それなのに、〈江戸怪談を読む〉と銘打たれていないのはなぜ?
決してうっかり忘れたわけではありません。
実は、本書とは別に〈江戸怪談を読む〉叢書の一冊として「百物語」を企画しておりまして、それとダブることを避けるため、『新選百物語』は、〈江戸怪談を読む〉叢書のスピンアウトという位置づけにしたのでした。

 

『新選百物語』の書誌で旗は下記の通りです。
[書 名]新選百物語
[副 題]吉文字屋怪談本 翻刻・現代語訳
[著 者]監修=篠原進/翻刻・注・現代語訳=岡島由佳/コラム=堤邦彦・近藤瑞木
[体 裁]四六判並製、208頁
[定 価]2000円+税

真夏の怪談にふさわしいのは『牡丹灯籠』

真夏の怪談にもっともふさわしいのは、実は『牡丹灯籠』であります。
季節もまさに夏、お盆のころ、盆提灯に似た牡丹灯籠を提げた美女が、カランコロンカランコロンと駒下駄を鳴らして…というのは、円朝の長篇落語『怪談牡丹燈籠』でおなじみになった光景です。
ところで、前回、『皿屋敷』をご紹介した記事で、「皿屋敷」伝説のお菊ちゃんに、『死霊解脱物語聞書』の累さん、「四谷怪談」のお岩さまと合せて江戸三大幽霊と呼ぶと申しました。
『牡丹灯籠』のお露ちゃんは入らないのか、可哀そうじゃないかというご意見もあろうかとは存じますが、これについて小社では、諸説ありますとは逃げません。
「牡丹灯籠」怪談のヒロインの原型は、中国・明代の奇譚集『剪燈新話』の一編『牡丹燈記』に登場する符麗卿です。時代は元末の騒乱の頃とされていますから14世紀中頃、つまり江戸時代じゃないんです。
これが日本で広く知られたきっかけとなったのは、浅井了意による短編集『伽婢子』に収録された『牡丹燈籠』です(本書第二章に門脇大さんによる現代語訳掲載)。
もともと正月の話だったのを夏のお盆のころに変えたのも浅井了意の着想でした。
この翻案小説でヒロイン二階堂弥子の霊が京都に現われたのは天文17年(1548)の設定で、これは戦国時代、まだ江戸時代になっていない。
ようやく幕末になって三遊亭円朝が時代を変えて江戸の旗本の娘お露をヒロインにしますが、それまでの「牡丹灯籠」怪談のヒロインは江戸時代を代表する幽霊とはちょっと言い難いというのが、小社の見解です。
とはいえ、この物語が〈江戸怪談を読む〉叢書に入っているのは、物語そのものが江戸時代の人々に愛され、繰り返し翻案されてきたことによります(本書第一章の横山泰子さんによる概説をご覧ください)。
その集大成とも言えるのが円朝の『怪談牡丹燈籠』で、本書第六章でハイライトシーンを紹介し、第七章で斎藤喬さんが詳細に論じています。
また今井秀和さんによる第六章「骨女の怪奇とエロス」による意表をついた着眼による妖怪画の分析などもあり、『牡丹灯籠』の魅力を多角的に語り明かす一冊です。

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本書の書誌データは次の通り。
[叢書名]〈江戸怪談を読む〉
[書 名]牡丹灯籠
[著 者]横山泰子・門脇大・今井秀和・斎藤喬・広坂朋信
[頁数・判型]四六判並製、208頁
[定 価]2000円+税