白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

追悼・志水紀代子先生

 「女性・戦争・人権」学会のニューズレター49号で、志水紀代子先生の訃報を知りました。ご家族のご希望でご連絡は控えてほしいとのことですので、このブログ上で弔意を表明いたします。

 志水紀代子先生は大阪大学で哲学を修めた後、長年、追手門学院大学で教鞭をとられ、哲学・倫理学の研究者として特にH・アーレントの研究に打ち込んでこられました。また哲学者であるとともに優れた教育者でもあられ、学生・後進の研究者をあたたかく導いてこられたことは多くの人の知るところでしょう。

 私ども白澤社にとって、志水先生は母のような方でした。と申しますのも、以前、志水先生のご指名で「女性・戦争・人権」学会の学会誌に寄せさせていただいたエッセイにも書きましたが、小社創立時にこんなことがあったからです。

「二十年ほど前のことですが、今でもはっきり覚えています。高槻駅前の喫茶店で、出版社を立ち上げたいとご相談にうかがった私どもに、志水紀代子先生は「頑張って! 応援しますよ」と背中をおしてくださったのでした。こうして志水先生のほか、大越愛子・持田希未子・井桁碧・藤目ゆきといった「女性・戦争・人権」学会発起人の先生方に寄稿していただいた論集『フェミニズム的転回』(二〇〇一)が、小社にとって記念すべき第一冊目の出版となりました。」(『「女性・戦争・人権」第16号』行路社より)

 あの時の志水先生のあたたかく力強い声は今でも耳に残っています。志水先生の一押しは、まだ経験も浅く、後ろ盾もスポンサーもない私たち二人にとって大きな勇気となりました。

 志水先生とはその後も折に触れてご相談させていただき、また志水先生が東京にお出でになるときは、先生が定宿とされた三田のホテルにうかがったものです。志水先生をご存じの方はすぐに思い出されるでしょう、あの重いキャリーカートを引いて「お元気でしたか」と満面の笑顔で出迎えてくださいました。山下英愛さんとの共編『シンポジウム記録 「慰安婦」問題の解決に向けて──開かれた議論のために』(二〇一二)を出させていただいたのも、こうしたお付き合いがあったからでした。

 志水先生はアーレント研究で知られた方ですが、その学問の出発点はカント哲学、特に自由論の研究だったとうかがったことがあります。大阪大学在学中は『カントの弁証論』(創文社)で知られた高橋昭二先生のもとで研鑽を積まれたとか。アーレントとの出会いもカント経由だったとお話しされていました。

 時あたかも小社は新刊『カントの「噓論文」を読む』(小谷英生著)を刊行したところです。同書にはアーレントも引かれています。今日、訃報を知るまでは、この本を志水先生のお目にかけるつもりでいました。「白澤社らしい一ひねりした面白い企画ね」と言ってくださったのではないか、とはうぬぼれでしょうか。かなわぬこととは知りながら、もう一度お目にかかりたかった。

 もう言葉もありません。志水先生、お世話になりました。

 謹んでご冥福をお祈りいたします。

白澤社 吉田朋子・坂本信弘

フェミニズム的転回 | 白澤社 (hakutakusha.co.jp)

シンポジウム記録 「慰安婦」問題の解決に向けて | 白澤社