白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

市野川容孝・渋谷望編著『労働と思想』堀之内出版

最近、新しい思想誌『nyx』(ニュクス)を始められて注目を浴びている堀之内出版さんから出た充実した一冊です。
なんといっても便利。22人の思想家の労働観がコンパクトにまとめられているので、読む事典みたいにして使えます。人文書の編集を仕事にしていると、こういう使える本というのは本当にありがたいですね。
明日はヴァレンタイン・デイ、人文書の編集者に贈るときっと喜ばれる一冊です。
各項目ごとに紹介していくことは難しいので、帯表4にある解説を転載します。

POSSE』の人気連載がついに書籍化。著名な人物から専門分野で活躍の人物まで多彩な顔触れがそろった面白さ、また「労働」に関してだけではなく、思想家それぞれの思想の概観についてのわかりやすい紹介は、初学者が入門書としても読むことができる。そうした読みやすさの一方で、各思想家の研究者による最新の研究内容を反映した論点や、それぞれが独立した論考でありながら、通読することで各思想家間、また研究者間の知見の連関と相違が見えてくるなど、奥の深い読み応えも備えている。

「多彩な顔触れがそろった面白さ」というのは実にその通りで、驚きました。
まずは版元・堀之内出版さんのサイトにある本書紹介ページの目次をご覧ください。↓
http://www.horinouchi-shuppan.com/#!rs/c1i8l
ご覧いただけましたか?
何に驚いたかというと、「労働と思想」というテーマで巻頭にシェイクスピア
同名の別人ではありません。皆様よくご存じのイギリスの劇作家、ウィリアム・シェイクスピアです。執筆は本橋哲也さん、そういえばカルチュラルスタディーズの視点からシェイクスピア劇を読み解いた『本当はこわいシェイクスピア』(講談社)という面白いご本がありましたが、それにしても意外なキャスティングに意表を突かれました。
以下、植村邦彦さんによるロック、市野川容孝さんのルソー、斉藤幸平さんのヘーゲル佐々木隆治さんのマルクス、溝口大助さんのモース、明石英人さんのグラムシと、適材適所の直球勝負が続きますが、油断していたところに、ラカン
同名の別人ではありません。フランスの精神分析学者ジャック・ラカンです。執筆は松本卓也さんですが、それにしてもラカンの労働論ってあったっけ?と思わずページをめくる手があわただしくなってしまいます。
くせ球にあおられたあとには、永野潤さんのサルトル。小社でも『哲学のモンダイ』を出されている永野さんはサルトルを論じさせたら最適任者であることはもちろんですが、サルトルを外から分析しようとするのではなく、現代の日本の状況に照らし合わせてサルトルを生かそうとする(あるいはサルトルによって現代日本が照らし出され、われわれが生かされる)ような永野さんのサルトル読解は、剛速球ながらこれもなかなかのくせ球です。
サルトルの次がレイモンド・ウィリアムズとはこれまた渋い選曲です。60年代から紹介は始まっていたのに、いまいちメジャーではなかったウイリアムズ、カルチュラルスタディーズの源流として再評価されましたが、大貫隆史さんと河野真太郎さんはむしろリアルに(を)書くことにこだわった側面に光を当てています。
11人目、前半の締めはデリダデリダと書いて難解と読むのは周知の事実ですが、本書では宮崎裕助さんが「労働のヴァーチャル化」をキーワードに『マルクスの亡霊たち』を読み解いています。
後半は、カステル(前川真行)、ネグリ=ハート(斉藤幸平)、ラクラウ(山本圭)、ヒルシュ(隅田聡一郎)、ホックシールド渋谷望)、スピヴァク(西亮太)、ムフ(佐々木隆治)、ベック(鈴木宗徳)、サッセン(伊豫谷登士翁)、ジジェク(清水知子)、ホネット(大河内泰樹)(敬称略)というラインナップですが、日ごろの不勉強がばれるといけないので下手なコメントは差し控えて、ご論文に学ばせていただきます。(S)