白澤社ブログ

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『最小の結婚』読者の皆様へ――「二刷付記」全文公開

『最小の結婚――結婚をめぐる法と道徳』(E・ブレイク著、久保田裕之他訳)をご愛読いただいている皆様へお知らせいたします。

おかげをもちまして先月に重版(二刷)いたしました『最小の結婚』は、重版にあたり誤植を訂正したほか、久保田裕之さんによる監訳者解説に「二刷付記」として、性愛規範性〔amato-normativity〕という訳語選択のプロセスについての説明を追加しています。

以下に『最小の結婚』監訳者解説に加筆された二刷付記(二刷のp355-p356)の全文を転載しますので、初版本のみをお持ちの皆様はぜひご覧ください。

〔二刷付記〕

 性愛規範性〔amato-normativity〕という訳語選択のプロセスについて、批判に開く意味でも踏み込んだ説明をしておきたい。

 amato-normativityは、本書では、「結婚および恋愛的に愛し合う関係を特別な価値がある場とみなすこの不正な焦点化と、ロマンティックな愛が普遍的な目標であるという想定」(一五七ページ)と定義されており、①中心的で排他的な(一対一の)恋愛関係こそが人間にとって正常であり普遍的に共有された目標であるという想定(普遍性の想定)と、②それが他の形の関係よりも優先して目指されるべきだとする想定(優先性の想定)からなる。

 問題は、このように定義された概念に対してどのような簡潔で分かりやすい訳語(ラベル)を当てるべきかであるが、こうした作業はどうしても当該概念のどの部分を評価すべきかという学術的・政治的判断と切り離せないものであり、たとえばこうした判断を控えるために「排他的中心対恋愛伴侶規範性」等とすることを避けるならばなおさらである。この点、翻訳チームの中では「性愛規範性」のほかに、「恋愛規範性」「対愛規範性」「伴侶規範性」といった訳語の案が検討されたが、どれも一長一短であった。たとえば、amato-の語源はラテン語のamor(愛)であり、これはギリシャ語の(Ἔρως:性的愛)に由来するが、本書では、amorous love(恋愛的愛)という用語は、要素として性愛を含むいわゆる恋愛(広義)から、sexual love(性的愛)やerotic love(官能的愛)と対置される積極的に性的欲望や性行為を含まない恋愛(≒純愛:狭義)まで、曖昧に使われている。最終的に、本書では特に論証が厚い同性婚論争にある異性/同性といった議論のへの視座(第5章)、および、「異性愛規範性(hetero-normativity)」との概念的連続性(第4章)を重視して、「異性愛規範性」から「異」を取り除いた「性愛規範性」という訳語を当てた。この背景には、恋愛の排他性や伴侶性への批判的視座は、必ずしも当該概念にオリジナルなものではなく、クィア・コミュニティ研究などを通じて異性愛規範性概念の中に既に含まれてきたという認識がある(一五七~一五八ページなど)。ただし結果的に、性愛というラベルの上で性(sex)が前景化し、sexual-normativityの訳語であるかのようにも見えてしまうのは難点であった。それゆえ、目的や文脈に応じて、たとえば「恋愛規範性」といった訳語が適切な場面があり得ることは否定しないが、本書では「性愛規範性」で統一している。

 以上です。『最小の結婚』二刷は全国の主要書店で発売中です。

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