白澤社ブログ

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「毒がいっぱい、薬もいっぱい」・安田登『野の古典』紀伊國屋書店

『野の古典』はウンチのお話から始まります。

ウンチと言えば『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』(湯澤規子著、ちくま新書)も昨秋の話題になりましたが、皆さんはウンチ派ですか?ウンコ派ですか?

『野の古典』の著者・安田登さんは大便派のようです。第一講「神話の大便 扇と夏の恋」を開くと、太い字で黒々と「大便が重要だ」という見出しが目に飛び込んできます。

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『野の古典』は能楽師である安田登さんが、『古事記』から近代の古典『武士道』まで、日本で「古典」として読まれてきた書物の数々(『論語』『詩経』等の漢籍も含む)を、目次で挙げられているだけでも、ざっと27冊以上、ユーモラスな筆致で読み解いた一冊です。

『野の古典』の目次や正しい解説はこちら↓

野の古典 / 安田 登【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア (kinokuniya.co.jp)

 ある意味でまじめな、教養の香り漂う本なのですが、それがどうしてウンチ、もとい、大便の香気も漂わせているのか? 安田さんによればこういうことです。

安田さんは「こてこての古典人間」だそうです。でも「古典なんて嫌いだ」という人の気持ちもわからなくもない、と言います。

「中学生や高校生が目にする古典は、何度も何度も検閲の網を潜った、刺激の少ない、毒にも薬にもならないものです。目黒のサンマです。そりゃあ、面白くないのは当たり前です。

 しかし、だからといって文科省を責めることはできません。授業中に古典を読みながら、むらむらと性欲が湧いてきたら困るし、「学校なんてアホらし」と教室を出ていかれてもマズい。そうはならないような箇所だけを集めたのが、学校で使われる古典の教科書なのです。」(安田、前掲書、18頁)

安全だけれどもつまらない学校の古典、教科書の古典に対して、本書で安田さんの紹介する「野の古典」は「毒がいっぱい、薬もいっぱい」、つまり、ちょっと危ないけれどとても面白い古典の世界です。

こういうコンセプトの本ですから、『古事記』を大便から読むのは当然で、アダルト小説的『御伽草子』(ああっ、浦島太郎と乙姫様がっ!)、ゲス不倫どころではない『伊勢物語』(「男」ってそういうやつ)、きわどいベストセラー『東海道中膝栗毛』など、純情な小社にとっては、眼を覆った手の指と指のすき間からチラ読みしなければならないような面白いお話が、『論語』や『風姿花伝』、『おくのほそ道』などの、とてもためになるお話の合間に披露されていて、たいへん楽しめました。

なかでも、これはぜひ多くの人に読んでほしいと思ったのが、第十三講「眠りの芸術 能『黒塚(安達原)』」です。能を見物に行くと眠くなってしまうのが悩みでしたが、なんと、居眠りしながら薄目をあけて見るくらいがちょうどよいのだそうです。現役の能楽師が言っているのですから、きっとほんとうなのでしょう。このことがわかるだけでも本書を読んだ甲斐はあるというものです。

各章末には、親切な読書案内もついていてとても便利です。特に第二十一講「怪談、怨霊、鎮魂 『死霊解脱物語聞書』『雨月物語』」の読書案内は充実していて素晴らしいものです(当社比です)。