白澤社ブログ

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健康について――三木清『人生論ノート』より

三木清『人生論ノート』より「健康について」と題されたエセーの冒頭の二章句をご紹介します。*、**で示した語注は白澤社編集部によるものです。

 

何が自分の為になり、何が自分の害になるか、の自分自身の観察が、健康を保つ最上の物理学*であるといふことには、物理学の規則を超えた智慧がある。――私はここにこのベーコンの言葉*を記すのを禁ずることができない。これは極めて重要な養生訓である。しかもその根柢にあるのは、健康は各自のものであるといふ、単純な、単純な故に敬虔なとさへいひ得る真理である。

 *ここで三木が「物理学」と訳したphysycは、複数形では自然学、物理学だが、単数形では「医術」という意味である。

**フランシス・ベーコン(15611626)はイギリスの政治家・哲学者。ここで三木が言及しているのは『ベーコン随筆集』(邦訳・岩波文庫)「養生法について」より。「このことについては、医術の通則を越える知恵がある。それは自分自身の観察であって、自分が有益だと思うもの、および有害だと思うものが、健康を保つ最善の医術である。しかし、「これは私にはさわらないから、私はこれを用いてもよい」と言うより、「これは私には合わないから、私はこれをつづけたくない」と言うほうが安全な結論である。若い時は体力に任せてつい多くの無理をしがちだが、それが老年までたたるからである。」(渡辺義雄訳・岩波文庫、一四四頁)。

 

誰も他人の身代りに健康になることができぬ、また誰も自分の身代りに健康になることができぬ*。健康は全く銘々のものである。そしてまさにその点において平等のものである。私はそこに或る宗教的なものを感じる**。すべての養生訓はそこから出立しなければならぬ。

 *誰かの身代りになれないこと、誰かが身代わりになれないこと、は実存哲学の主要なテーマ、死(ハイデガー)、選択(サルトル)など。

**三木「スポーツと健康」より。「大衆の健康状態は改善されたか。女工の健康状態は。勞働者の健康状態は。インフレ景氣と云ひ、軍需景氣と云ふも、かかる景氣は勞働する男女の健康状態の改善に何等か貢獻したのであるか。その反對でなければ幸ひである。/スポーツは單に少數の人間を目標とする秀才教育の如きに陷り易い。一人の天才が生産した精神的文化は全人類共同の財産となり得るであらう。しかし健康はただ各人のものである。我々はそこに身體とその健康との有する或る宗教性をさへ認めることができる。宗教においてのやうに各人が銘々その責任を負はねばならず、そしてその前ではあらゆる人が平等である。」(『時代と道徳』、『三木清全集第十六巻』岩波書店、七二頁)。

 

ここでご紹介した「健康について」は、岸見一郎著『希望について――続・三木清『人生論ノート』を読む』で、岸見一郎さんがわかりやすく解説しています。

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『希望について――続・三木清『人生論ノート』を読む』

[書 名]希望について

[副書名]続・三木清『人生論ノート』を読む

[著 者]岸見一郎 著

[頁数・判型]四六判並製、176

[定価]:1700円+税