白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

がんばれ!脳みそッ

『イラストで読むキーワード哲学入門』(永野潤著)には、映画『マトリックス』(ウォシャウスキー兄弟監督)の話が出てきます。
主演のキアヌ・リーブスの華麗なアクションが印象的な映画ですが、永野さんはこの作品の設定に注目します。

 

ある日、主人公のネオは、謎の男モーフィアスに「真実」を教えられる。それによると、実は21世紀になって人類の文明は人工知能に滅ぼされてしまっており、人間は、生まれたときから培養液の入ったカプセルの中にとじこめて眠らされ、脳に電極を挿されて、一生夢を見させられている、というんだ。自分が映像を見ていることが信じられず、周囲の世界や自分の姿を見て「これが現実じゃない?」と言うネオに、モーフィアスはこう言う。「何が現実だ? 現実をどう定義する? もし君がいっているのが、感じるとかにおいがするとか味がするとか見えるとかなら、現実とは脳が解釈するただの電気信号だ。」映画では、主人公はこの「夢」から目覚め、カプセルの中に横たわって脳に電極をつながれていた自分を発見する。(永野潤『イラストで読むキーワード哲学入門』p34)

 

映画『マトリックス』の描く未来社会で、人間がその中で仮想現実の世界を見させられている培養カプセル、これはアメリカの哲学者ヒラリー・パトナムの思考実験「水槽の脳 brain in a vat」や17世紀フランスの哲学者ルネ・デカルトの懐疑と同趣向だと永野さんは指摘しています。

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いま自分が感じているすべてが夢だとしたならば、いったい現実の自分とは何なのか。
中国の古典『荘子』にも「胡蝶の夢」という逸話がありましたが、永野さんの描いたのは蝶ではなく脳みそです。
水槽のなかにポツンと沈んで、リンゴを思い浮かべている脳みそはどこか淋しげで、「がんばれ!脳みそッ」と声をかけてあげたくなります。