白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

三木清『人生論ノート』の謎「旅について」

明日からゴールデンウイークですね。暦通りの小社でも五連休、先週末からお休みの方は九連休ですが、この機会に旅行に出かけるという方も多くいらっしゃるかと思います。
三木清『人生論ノート』には「旅について」というエッセイがおさめられていますが、この文章もよく知られているわりには謎が多いのです。
まず執筆時期がわかりません。
『希望について――続・三木清『人生論ノート』を読む』の脚注(p.121)とコラム(p.134)でも取り上げましたが、1941年6月以前に書かれたということしかわからないのです。
また、「旅について」だけ、他の章のような断章形式ではなく、一気に書き下ろされたように見えます。三木がどうしてこの章だけ違うスタイルで書いたのか、これもわかりません。
もっとも、わからないことばかりではなく、編集作業の過程でわかったこともあります。
最後の段落にある次の言葉。

旅することによって、賢い者はますます賢くなり、愚かな者はますます愚かになる。

これは、しばしば三木清の言葉として引用されていますが、三木自身が新聞に書いていたコラム「人民の声」(全集第十五巻所収)で、ドイツの社会学者テンニース(テンニエスとも)の言葉として引用している文を見つけました。

三木は、テンニースの提唱したゲマインシャフトゲゼルシャフトという対概念を『人生論ノート』中の「名誉心について」などで参照しています。
ちなみに、この「旅することによって、賢い者はますます賢くなり、愚かな者はますます愚かになる」は、英語のことわざ、
Travel makes a wise man better, but a fool worse.
(旅は、利口者はますます利口に、愚か者はますます愚かにする。)
としても知られているようです。
おそらくテンニースもヨーロッパでよく知られていることわざを何かの引き合いに出したのでしょう。
連休の旅行が有意義なものになりますようにお祈りしております。