白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

江戸狂歌研究会編『化け物で楽しむ江戸狂歌――『狂歌百鬼夜狂』を読む』

皿屋敷』を置いてくださっている明屋書店中野ブロードウェイ店さんにご挨拶にうかがいました。
こちらのサブカル書コーナーには妖怪・オカルト関連本がぎっしり。
担当者さんの趣味のよさ、というか、すごさ(?)がうかがえます。
そのなかから見つけた面白そうな本が、笠間書院さんから出ている江戸狂歌研究会編『化け物で楽しむ江戸狂歌――『狂歌百鬼夜狂』を読む』。
これは面白い本で、思わず仕事の手を止めて読みふけってしまいました。
版元・笠間書院さんのブログの紹介ページはこちら↓
http://kasamashoin.jp/2014/09/post_3019.html
上記ブログは、同書に掲載されている狂歌百首を全部載せているという太っ腹!
勝手に紹介させてもらいます。
時は天明五年十月、江戸出版界の大物、蔦屋重三郎の企画で催された狂歌会。
招かれたのは四方赤良(大田南畝)を筆頭に、平秩東作、唐来参和、宿屋飯盛、唐衣橘洲、山東京伝ら当時活躍中の狂歌師一五名で、彼らに出されたお題は「百物語」。
百物語怪談会の方式に倣って、百種の妖怪について狂歌をよむという趣向。
この蔦重プロデュースのイベントでよまれた妖怪狂歌百首を収録したのが『狂歌百鬼夜狂』。それを翻刻したものが本書なのですが、歌だけなら百行で終わってしまいます。笠間書院さんのブログにも載っていますしね。
しかも、狂歌はレトリックに凝るあまり、何が面白いのか、ちょっと見にはわからないものもあります。
けれども、本書では、ていねいな注釈や解説がつけられていて、江戸文壇の人気者たちが何を面白がっていたのか、現代の読者にわからないということがないように編集されているのです。
例えば「皿屋敷」なら、『狂歌百鬼夜狂』所収の、つむり光による狂歌が次のように現代語訳付きで示されます。

ひと二つ三つよもふけて七つ八つ九つわつとよぶ皿の数
「一つ、二つ、三つ、四つ」、夜も更けて「七つ、八つ、九つ、わっ」と最後に驚かすように声を上げて数える皿の数。

その上で、項目に分けて解説がなされます。
まず【化け物】として、お題に取り上げられた妖怪の解説、「皿屋敷」では播州皿屋敷と番町皿屋敷が紹介されています。
次に【語釈】では、「わつとよぶ皿の数」の「わつ」について、「人を驚かす際に突然あげる大声「わっ」」というように、説明があります。この説明で思い出したのですが、お菊の幽霊が皿を九つまで数えて、十枚目がないので数えられず「わっ」と泣く場面、あれは、「皿屋敷」の話を語り聞かせる場合、「七〜つ、八〜つ、九〜つ」までは静かな声で数えて、最後の「わっ」というのは、本当に大声で「わっ」と叫んで聴き手を驚かせていたのかもしれませんね。
続いて【技巧】では、掛詞や縁語などが説明され、さらに【参照歌】として、類書から同じかまたは似たお題の狂歌が例示されています。
皿屋敷」の場合は次の三首が挙げられています。

さらやしき井戸に沈みし怨念のいかにふかきぞうかむ瀬のなき 刈藻(『狂歌百鬼夜興』)
皿やしき夜も九つの時廻りふるへて数もあはぬ拍子木 花前亭(『狂歌百物語』二編)
をん念の出しときくはむかしにてさらにけのなき今の番町 笑寿堂春交(『狂歌百物語』二編)

これだけていねいに説明してもらえば、妖怪狂歌の意味はよくわかるというものですが、さらにさらに、『画図百鬼夜行』などから、お題となった妖怪を描いた絵まで掲載されているのです。
皿屋敷」の場合は鳥山石燕の有名な絵ではなく、草ぼうぼうに荒れた庭の、井戸の底を覗き込んでいるのか、井戸に飛び込もうとしているか、髪の長い女が古井戸の上にうずくまっている、なんとも不気味な絵です。大英博物館蔵『異魔話武可誌』の「ばん町皿やしき」という絵だそうです。初めて見ました。
このように、いたれりつくせりの編集で、江戸狂歌と妖怪文化の世界を紹介してくれるのが『化け物で楽しむ江戸狂歌――『狂歌百鬼夜狂』を読む』です。
勉強になりました。小社も及ばずとも見習わなければ。
ちなみに小社の『皿屋敷――幽霊お菊と皿と井戸』、明屋書店中野ブロードウェイ店さん他の書店さんで発売中です。こちらもぜひどうぞ。