明日３月８日は「国際女性デー」、それにちなんで『女性の権利を擁護する──メアリ・ウルストンクラフトの挑戦』の著者、梅垣千尋さんに、エッセイを寄稿していただきました。（白澤社ブログ担当者）
「女性の権利」は「女のワガママ」か（梅垣千尋）
いまどき「女性の権利」という言葉は、どうやら大きな声では口にしづらいものであるらしい。ある人に言わせると「女性の権利」の主張とは、自分の都合ばかりを優先させて女性特有の「保護」がほしいと周囲の人びとを振り回す、「甘ったれた」女性のワガママでしかないそうだ。
そこまで偏ったとらえ方は、さすがに特異なものだろう（と思いたい）。だがそれにしても「女性の権利」という言葉は、多くの人びとにとって、自分たちの日常生活とはまるで無関係なものに思われているようだ。どこか遠い外国の国際機関が熱心に訴えているのを耳にするとはいえ、いまの日本にはもう露骨な「男女差別」がほとんどないのだから、「女性の権利」などとわざわざ言い立てるまでもない──そのあたりが、この言葉をめぐる現在の「空気」ではないだろうか。
こういう状況で、200年以上も昔に書かれた『女性の権利の擁護』（1792年）という本のことを考えるのは、時代錯誤だと思われるかもしれない。しかし、「古典」とよばれる多くの本がそうであるように、むしろこういう状況だからこそ、メアリ・ウルストンクラフトという女性が書いたこの「古典」は、私たちに新たな発見をうながしてくれると思う。
『女性の権利の擁護』。その題名をきくと、たいていの人は、経済的自立や政治的代表権や教育を受ける機会など、女性が勝ち取るべき制度上の権利を列挙した「宣言」のような内容を思い浮かべることだろう。しかし、読みはじめるとその予想はすぐに裏切られる。むしろ嫌というくらいに目にするのは、ミソジニー（女性嫌悪）を疑いたくなるほどの女性への厳しい譴責の言葉である。
ウルストンクラフトがとくに激しく批判したのは、男性に好まれる「か弱く」「従順」な女性像に自分をはめ込み、うまく男性に取り入ることでひそかに甘い汁を吸おうとする女性たちの生き方である。なによりそれは、すでにできあがった男性優位の社会を生きぬく巧みなサバイバル術のようにみえて、男性との「共犯関係」の深みへと女性をズブズブ引きずり込んでしまうからである。
ウルストンクラフトは言う。「忍耐強く不正義に耐え、侮辱されても黙ったままでいる人は、やがて自分も不正な人間になるか、あるいは正しいことと不正なことを見分けることができなくなるだろう。」
目の前の小さな利益だけを考えて、相手の気を悪くさせないようにと自分の心を押し殺したままでいると、だんだん正義の感覚が麻痺してくる。そして自分自身のことについても、他者の置かれた状態についても、何が正しく何が不正なのかを判断することができなくなる。そうなると、もう「不正な人間」の仲間入りをするほかない。素朴だが、迫力のある指摘である。
注目すべきなのは、ここでウルストンクラフトが言っている「正しいこと」が、英語ではright、つまり「権利」と同じ言葉だということである。ウルストンクラフトに言わせれば、自分の身に降りかかる「不正義」にたいして異議を申し立てず、ひたすら黙って耐え忍んでいる人は、「正しいこと（right）」が見極められなくなるがゆえに、みずから「権利（right）」を手放しているも同然だということになる。
もはや女性だけに限った話ではない。日常のさまざまな不当と思われることにたいして、「まあいいか」とやり過ごすのではなく、その都度きちんと「おかしい」と言うこと。思いきりシンプルにいえば、それがウルストンクラフトの擁護していた「権利」の中身だったと考えてよい。それほど「時代遅れ」の主張に感じないのは、私だけだろうか。
著者プロフィール
梅垣千尋（うめがきちひろ）青山学院女子短期大学准教授。専門は思想史、女性史。
著書に『女性の権利を擁護する──メアリ・ウルストンクラフトの挑戦』白澤社。共著に、見市雅俊編『近代イギリスを読む』法政大学出版局、井野瀬久美恵編『イギリス文化史』昭和堂、辻村みよ子編『ジェンダーの基礎理論と法』東北大学出版会、川村貞枝・今井けい編『イギリス近現代女性史研究入門』青木書店、共訳書にアイリーン．Ｊ．ヨー編『フェミニズムの古典と現代』現代思潮新社、など。
ウルストンクラフト『女性の権利の擁護』の紹介ページ
いかがだったでしょうか。
なお、梅垣さんのエッセイのなかでふれられているウルストンクラフト『女性の権利の擁護』については、版元の未来社さんのサイトに紹介ページがありますのでご案内しておきます。↓
http://www.miraisha.co.jp/np/isbn/9784624500276
