白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

『リスク社会の授業づくり』

このたび白澤社では、子安潤『リスク社会の授業づくり』を刊行しました。
東日本大震災から私の研究関心は、動いた」という著者が、リスク社会という観点から教育を見直した斬新な教育学書です。
「お家へ帰らないで!って言えばよかったじゃん」
これは本書の「まえがき」で引かれている保育園児の言葉です。
『忘れない!明日へ共に』(『現代と保育』編集部編、ひとなる書房)に記録されているもので、この園児の通う保育園では震災のとき、「津波到達前に保護者が迎えに来て引き渡された子が、流されてしまっていた」。園児たちは「津波で流されてしまった4人の友達がいることを知りながら、普段はそれに触れずに明るくふるまっている。しかし、流されてしまった現実を園児と保育者が向き合って語り合う半年後」、一人の園児が園長と保育者に向かって語り出したのでした。「お家へ帰らないで!って言えばよかったじゃん」と。
著者は次のように言います。

 この痛切な問いかけは、何を意味しているだろうかと何度も考えることになった。本書の原稿を書いている時に何度も思い起こした。この問いかけは、単に個別の対策の善し悪しではなく、マニュアルに寄りかかってしまう思考様式、科学というものへの寄りかかり方に課題があるのではないかという問いではないかと考えるようになった。だから、哀しい言葉ではあるが、希望を探す呼びかけの言葉として受け止め、この問いに応える作業を続けることにした。
 そうして2年あまりの間に考えた応答が本書だ。(『リスク社会の授業づくり』p4より)

本書はこうした関心から、従来の独断的原発教育を見直し、第6章で教育実践への提言として「授業プラン・原子力発電と放射能の危険性」を提示しています。
もちろん、現代社会のリスクとは災害や事故だけに限られるものではありません。本書第2章「子どもの階層化リスク」では社会的格差というリスクについて、ベネッセ調査のデータをもとにした分析が示されています。
また、原発教育というとどうしても理科教育・防災教育の枠で捉えられがちですが、本書の言う「マニュアルに寄りかかってしまう思考様式、科学というものへの寄りかかり方」は自然科学にかかわる場面でだけ問題とされるわけではなく、第9章「超歴史的読みから状況的読みの構築へ」では、志賀直哉『暗夜行路』から教材化された「屋根」や村上春樹海辺のカフカ』などの解釈をめぐって問題提起がなされています。
著者は、鈴木和夫『子どもとつくる対話の教育』(山吹書店)の一節に注意を促します。

すでに、鈴木和夫の実践において、他者と関わることなく暮らした経験のあるムーという子は、自分から不思議なことを突き止めたり動いたりしない二人の物語としての「ごんぎつね」をつまらないとつぶやいていた。これは、「ごんぎつね」の主題に関する通説を打ち破った記録ではないか。(『リスク社会の授業づくり』p157より)

小学校国語科の定番教材とされてきた「ごんぎつね」に突きつけられた疑問符は、第5章「自律した授業プランづくりということ」で引かれている茨木のり子の詩「倚りかからず」と響き合い、「お家へ帰らないで!って言えばよかったじゃん」という問いかけへの応答を促すかのようです。
強い問題意識と広い視野をもった、たいへん刺激的で読みごたえのある一冊ですので、ぜひこの機会にお手にとって下さいますようお願い申し上げます。

ちなみに、一般書店での流通は5月1日頃からですが、愛知教育大学生協さんで先行発売しておりますのでフライングゲットできます(この用法で可?)。

概要

[ジャンル]教育
[書  名]リスク社会の授業づくり
[著  者]子安潤
[判型・頁数]A5判並製、176頁
[定価]2,000円+税
[ISBN]978-4-7684-7949-0

内容説明(帯文)

 震災と原発事故後の授業はどうあるべきか。
想像力をもって大震災を考え、声を聞き、問いかける教育実践のために。
リスク社会論から従来の原発教育をとらえかえして構想した授業プラン「原子力発電と放射能の危険性」収録。

目次から

第1章 リスク社会における授業づくり
第2章 子どもの階層化リスク
第3章 原子力発電・放射線教育のアーティキュレイト
第4章 原発の論争点・到達点の学び方
第5章 自律した授業プランづくりということ
第6章 授業プラン・原子力発電と放射能の危険性
第7章 心に染みる学びへ 対象認識と関係認識
第8章 リスク社会の教材研究へ
第9章 超歴史的読みから状況的読みの構築へ
第10章 物語りのある授業、争点のある授業

著者プロフィール

子安潤(こやす・じゅん)
1953年生まれ。現在、愛知教育大学教授(教育課程・教育方法学)
単著に『「学び」の学校』(ミネルヴァ書房)、『反・教育入門』(白澤社)。共著に『教室で教えるということ』(八千代出版)、『学習指導要領を読む視点』(白澤社)など。
著者のブログ↓
http://koyasu.jugem.jp/?eid=3195