白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

大杉栄『獄中記』土曜社

大杉栄著/大杉豊解説『獄中記』土曜社(新書判、215頁、本体価格952円)を読みました。
発行元の土曜社さんのサイトはこちら。↓
http://www.doyosha.com/
表紙の肖像画も眼光鋭くて迫力がありますね。

獄中で自らを鍛えあげた豪傑

東日本大震災が、将来、歴史上の出来事になった時に連想されるのは原発事故ということになりそうですが、1923年の関東大震災で想起されるのは官憲による流言飛語での朝鮮人大虐殺、そしてアナキスト大杉栄の虐殺です。
大杉とその妻で女性解放運動家の伊藤野枝、たまたま東京にきていた甥・橘宗一の3人は、憲兵隊により自宅から連れ出され激しい暴行を受けて殺されました。大杉38歳、伊藤28歳、橘6歳。関東大震災から間もない9月16日のことでした。
本書は、その大杉が22歳から27歳の間、市ヶ谷、巣鴨、千葉の各監獄に収監された時の体験を書き雑誌に掲載された「獄中記」、「続獄中記」と、当時の妻・堀保子などに宛てた獄中からの手紙の「獄中消息」をあわせて収録した『獄中記』(1919)の現代語訳です。
デモや演説、筆禍により5犯の「監獄人」となった大杉が、監獄で出会った看守や獄友のこと、食事や入浴のこと、格子窓下を通る女囚人にのぼせるようすなど、監獄の日常をユーモアを交えて紹介しています。そして、自分の教養、知識、思想性格のすべては獄中生活で養い鍛えあげたという大杉は、「一犯一語」(収監ごとに一外国語の習得)を宣言し、エスペラント語、ロシア語,イタリア語,ドイツ語などを独学したことや、英独仏露の洋書を取り混ぜた本を、妻に差し入れさせたことなども記しています。
巻末に付された「大杉栄獄中読書録」を見ると、バクーニンクロポトキンは当然としても、ゾラ、トルストイ、アーヴィング、ハイネ、ゲーテコルネイユモリエールイプセンバーナード・ショーといった文学から、ル・ボン、ゾンバルト、モルガン、マーシャルらの社会科学、フォイエルバッハ、ラブリオラ、シジウィックらの哲学のほか、主として生物学や物理学などの自然科学に至るまで、実に多くの本をほとんど原書で読んでいることに舌を巻きました。
大杉は、出獄後も懲りることなく世界を飛び回り、殺された年の1923年には、アナキスト国際大会出席のため中国人に扮して密かにフランスに渡り、パリでメーデーに演説をぶったため当局に拘束され、パリの監獄にも入る羽目に。その体験記『日本脱出記』(1923)は手に汗握る大活劇(こちらも同じ土曜社さんから現代語訳が出されています)。
豪傑としかいいようのない大杉の体験と表現豊かな文章は、長い歳月を経た今でも少しも古びていないと感嘆しました。