白澤社ブログ

人文社会系の書籍を刊行する小さな出版社です。

『反・哲学入門』中国語訳刊行

小社から2004年に刊行した、高橋哲哉『反・哲学入門』の中国語(簡体字)訳が、何慈毅、郭敏、両氏の訳で、南京大学出版社より刊行されました。

現代日本の思想書を翻訳紹介するシリーズ(現代日本学術系列)の一冊としての出版で、同シリーズの第一冊目は中村雄二郎山口昌男『知の旅への誘い』(岩波新書)で、本書はそれに次ぐ第二冊目として刊行されたようです。
本文中でインタビュアーが落書きの例として「夜露死苦」を挙げているのですが、これに訳注がついていて、日本語の「よろしく」(原語表記!)の元来の漢字表記で、すでに死語となっている、とありました。万葉仮名か何かと間違われちゃったのかなあ。
日本の読者には要らざる説明でしょうが、念のため申し上げますと、日本語版『反・哲学入門』207頁にあるこのやりとりは、2003年に東京都杉並区で起きた、いわゆる「反戦落書き事件」を念頭においてのことでした。ある青年が公園のトイレの外壁に「戦争反対」と書いたところ、警察に逮捕されました。この事件を高橋さんが、イラク戦争のさなかの日本社会における「政府に批判的な態度を取る人間は『反体制的』だとして『非国民』扱いする」風潮の例として挙げました。
現場となった杉並区のJR中央線沿線、駅名でいうと高円寺から阿佐ヶ谷、荻窪西荻窪にかけての一帯では、青年たちによると思われる落書きをよく見かけます。以前からあったし、今でもそうです。その数ある落書きのなかで「戦争反対」と書いたこのケースが、ねらい打ちされたように逮捕され、懲役刑を求刑された、これは明らかに異常な事件でした。
そこで、高橋さんの発言を受けて小社のインタビュアーが「落書きの内容が『夜露死苦』とか『喧嘩上等』だったら懲役にならなかったでしょう」と、あいづちを打ったわけです。
ご存知のように、インタビュアーが挙げた「夜露死苦」とか「喧嘩上等」とかは、元気のいい青年たちが道路に面した壁などに好んで書いた落書きの文字で、「夜露死苦」は「よろしく」にわざと不吉な文字をあてて凄味をきかせたものです。これは日本語として元来の漢字表記というわけではありません。「よろしく」を漢字で書くときは「宜しく」がふつうで、年配の方は「宜敷」と書くこともありますので、そこんとこヨロシク。
ちなみに、日本語版『反・哲学入門』の表紙カバーが、哲学書の装幀としては珍しくゴテゴテしているのは、当時、杉並区内にあったさまざまな落書きを写真にとって、それをコラージュしているからなのです。